目まぐるしく変化する景色。
もといた場所が彼方へ遠ざかってゆく。
強い衝撃に顔をしかめたその一瞬のうちに。
宙を舞う自分は不安定さもなく、まっすぐに吸い込まれてゆく。

背後に広がる
無数の赤いバツ印で出来た壁
その一つ一つに、『OUT』と書かれているそこに。



また、負けた。



試合を終えたマルスは、中庭のベンチに座り、一人ごちた。
このところ、マルスはずっと負け通し。戦績は最下位にまっしぐらに進んでいた。
「何故、勝てないんだろう。」
と言いつつも、マルスには思い当たる節があった。
それは
「お…王子?」
呼ばれ一人で耽っていた思考を引き戻す。目の前、少し離れた所に緑衣の青年がいた。
「…やぁ、黄昏の君。僕に何か用かな。」
少しばかり、態度悪く見えるかな。
仕方がない。実際に機嫌が悪いのだから。
「こっちに一人でくるのが見えたから…。」
「ほう。お喋りでもしたかったのかな。君が、僕と?」
彼は僕の事が苦手そうだった。
彼は気真面目で素直過ぎる。
僕の何が気に入らないのかは知らないが、そのつもりではないのだろうけど、顔に出ている。
しかし、今日ばかりは少し違った。

伺いつつ、心配そうに。
けれど、どこか怯えて。

「最近、その…何て言うか…。」
言葉を濁らせているが、言いたいことが何となくわかった。
「…弱いって?このままだと名誉ある最下位授与最有力候補だとか?」
「そ、そんな!そこまでは……ただ。」
子犬のような顔を時々する。
そういうのを見ると僕、いじめたくなっちゃう性分なんだよね。
あぁ、だから嫌われているのか。

「貴方が…らしくないから…。」
その言葉に、ついと片眉を上げる。
もしかして、見破られているのか。
「もっと貴方は、自信たっぷりで、余裕もたっぷりで…そんな貴方が、俺は貴方なんだと思っていたんだけど…」
流石は、退魔剣を継ぐ者。
勇者の名は伊達ではないか。
子犬だった目は、今は狼に変わって、鋭く僕を見抜いている。
「なにか…あったんですか?俺でよければ相談くらいなら…。」
世話焼きだ。お節介とも言える。
いつもなら、完璧な笑顔と言い回しで丁重にお断りするんだけど。
「…掛けなよ。」
僕自身、かなり参っていたようで、珍しくそんな風に答えてしまった。




「……夢を見るんだ。」
「夢…?」
天を仰ぎ見て、僕はこのところ毎日のように見る夢を思い出していた。
それは瞼を閉じればた易く出てくるほどだった。
「どこか…白くて眩しいところにいるんだ。ふわふわとしていて、すぐにこれは夢だと分かるくらい、不思議な空間だ。」
そこで僕は一人の人物と出会う。いや、正確に言えば、人かどうかも分からないけど。
姿形、全てあやふやで、顔も体も光に包まれて見えないんだ。
「でもそれは…僕に向かって何か話しかけているみたいなんだ。もちろん、声も聞こえない。」
何とか相手の言ってる事を理解しようとするんだ。
でも、見えない、聞こえない。こちらの声も届かない。
そして…目が覚める。
何もわからず仕舞いでね。

「そんな夢をほぼ毎日見るんだ。今日こそは、と思うのだけど、いつもうまくいかない。
何か虫の知らせじゃないかと思ってね、本国に残してきた家内に手紙を送ったりしているけど、なにもないみたいだし…。
でも何だか、その事ばかり考えてしまってね。乱闘に身が入らないんだ。」
考え込むように、長い指を額にあてる。
さっきから黙っていたリンクが、おもむろに口を開いた。
「それ、もしかすると…」
「…何?」
少し自信なさそうに、彼は言った。
「ガノンドロフと一緒かもしれない。」
「ガノンさんと?」
「あいつも、ここの所調子が良くないみたいで…」
そういえば、あの人もこのところ負け続けだったな。
「俺がこんな風に聞いたら」
本当ににお節介なんだな、このこは。
良いところでもあるんだけどさ。
「そんなふうに、言ってて…でも俺の顔を見ると、もっと何か辛そうで…。
俺、何だかそれ以上聞き出せなくて…。」
移ったように苦しそうな顔をしている。
なんかもどかしいなぁ。
これってまさか恋患い?
まさか。相手がいないよ僕は。国の家内は別としても。

「もし、王子が良かったら…あいつの話し、聞いてやって下さい。
もしかしたら王子も、あいつも何か分かるかも知れないし、少しは気が晴れるかも…。」
メンタル的な相談か。苦手だな。
そういうものは、いくら相談したところで、結局本人がどうするのか決めるのだ。
この類のはシーダくらいにしかしたことがない。

でも、まぁ、
ガノンドロフさんは意外と気真面目で、へんに義理道理を尽くす人だ。
話しても、問題はないと思うが。

「…そうだね。有難う、今度そうしてみるよ。」
彼の献身的な勇気も実らせてやらないとね。

「はい!…お願いします。」

君が頭を下げる所でもない気もするけど。
面白いから、まぁいいや。



「ガノンドロフさん。」
その後まもなくして、偶然にも僕は彼とばったり会った。
けだるそうにこちらをみる。いつもの威圧感すらも、今はどこか弱弱しい。
「なんだ。」
「リンクから聞きました。『夢』のことでお話があるんですけど。」
明らかに、遺憾に顔が顰められた。まさか話されるとは思っていなかったんだろう。
「・・・僕も同じ夢を見るんですよ。それでリンクに相談に乗ってもらって、貴方も同じ様な夢を見るから話してみてはといわれたんです。」
と、補足しておこう。黄昏君はあくまで善意だったと。
「なんだと・・・。」
同じ夢を見る、と言った所で、目の色が変わったように見えた。
「何か知っているんですね?」
「・・・ここでは場所が悪い。こちらへ来い。」
マントを翻し、彼は歩き出した。僕はとりあえず黙ってついて行った。


着いたのは人気のない場所。
この広い世界の中でも、所々にある目立たない場所。
目立つものがないから、人もよりつかない。こういう所なら人目も気にせずに物思いに耽ることも出来るだろうな。
「お前の夢というのはどんなものだ。」
とわれ、僕は黄昏君に話したのと同様に伝えた。
夢の世界で、誰かと出会い、その人の意思を汲み取ろうとするが出来ず、こちらも伝える事が出来ない。
「何も分からなくて目が覚める。こんな夢を毎日のように見るんですよ。」
話している間、逸らしていた目線を戻すと、彼はなんとも言えない表情をしていた。
「お前・・・本当にその人物に思い当たる節はないのか?」
「え?」
とわれ、思い直すがやはりない。だいたい姿も声も見えない、聞こえないのに分かるわけがない。
「・・・俺の夢はな、お前と同じ様に夢の中で人に会うんだ。そいつの事は誰だか知っている。
 姿も声も、見えているし聞こえている。だが俺の言葉はそいつに届かないのだ。」
この人には見えているのか。それは羨ましい。けど、こちらの意思が伝えられないと・・・それはそれでイライラするかもしれない。
「夢で逢うたび、今日こそは必ず一言言ってやらねばと思う。しかしどうにも駄目なのだ。・・・しかもそいつの姿や声は、日に日に薄れ、見えなくなっていく。」
この人の夢に出てくる人物は誰なんだろう。この魔王様の調子を崩すくらいなのだから、きっとよっぽどの・・・。
「・・・お前は、お前の夢に出てくる人間を何とかして判明させろ。俺にはそいつが誰か、見当がついているが、教えられない。俺の夢に出てくるやつもな。
 お前の夢に出てくるやつが、お前に分からないままでは報われんだろう。」
こんな言葉を彼から聞くとは。やはりかなり因縁深い人物なのか。
という事は、僕のも・・・?
「:・・思い出せ。」

・・・思い出せ?

「お前は知っているはずだ。そいつのことを。」

知っている?僕が?
夢の人のことを・・・?



それ以上話せることはない。
そういわれ、今日はそこで別れた。


いつの間にか夜は更けていた。
結局、今日も一日『夢の君』の事を考えていた。
「また、今晩も君に逢うのだろう。」
君は何を伝えたいのだい?
君の言葉を知らねば、僕はノイローゼになってしまいそうだよ。

思い出せ。


何を。君の事を。
知っているのか、僕は。
「もしそれが本当なら。君を知っている僕を君が知っているのだとしたら。
あの人とあの人の夢の君のように、浅からぬ因縁の持ち主だったら。」
僕が君の事を忘れてしまっているのを知ったら、何と思うのだろう。

僕だったらきっと…



どんなことをしてでも思い出させる。






「やぁ、逢えたね。」
君はすぐ目の前に。
姿形何も見えないのに、何かを言っているような気がする。
「今日こそはきっと。少しでも君の事を…。」
その光の塊に手を伸ばす。
すると、君からも二本の光の棒が伸びてきた。これはきっと腕だ。
僕の手をその両手がそっと包む。
温かい…。人の体温の様に。
何故か胸がきゅっと締め付けられる思いがした。
「ねぇ、君は…君は誰なの?」
知りたいよ、きみのこと。
何か言っているような気がする。
「…分からない。分からないんだよ!!」
ぎゅっとその手を握り返す。
何だこの気持ち。
辛い苦しい。胸が詰まるようだ。
哀しくて、痛くて…。


でも何故か。
違う。だって君は、どこの誰かも分からないのに。


温かい光のなかに、人肌の柔らかさを感じる。
たまらず抱きしめていた。
だって、だって君は。
こんなにも僕を想っていてくれているのに。
何も分からないだなんて。
何も思い出せないだなんて。
謝罪の言葉すら、言えないなんて。

「ごめん…!ごめんよ…!」

伝わらなくても良い。
言いたいんだ、君に。

分からない。分からないのに、込み上げてくる思いで僕は破裂しそうだ。


分からないけど、僕は彼がとても大事だった気がする。
大切で大切で。
胸が死ぬほど苦しくて

あぁ、なのに何故だ。
どうして君の名前を思い出せない。
夢の中ですらも。君の姿を思い描けない。
何かが邪魔している。その正体も分からない。

「ごめん…ごめん、ごめん…。」


懺悔を呪文のように呟きつづける。
僕に抱きしめられていた君は僕の背中に腕をまわしていた。




じょ ぶ


声が、体に響く気がした。




つ でも




い よ








夢は残酷だ。
見たくない夢はなかなか覚めないくせに。
聞きたい言葉は聞きそびれる。
目覚めると目に入ったのが自分の部屋の天井。
気がついたのが頬に伝う雫。
夢の君の言葉は全ては分からずじまいだが

「君の、名前を呼びたいよ。」


ただの悪夢ではないことは分かった気がする。




「顔色が悪いな。」
いつも無口で、自ら他人に関わる事を避けている彼からそんな言葉を言われるとは思わなかった。
「…昨晩も、逢いました。」
深くため息をついた。
胸いっぱいのその苦しさを吐き出すように。
「ちょっと、こちらに。」
昨日とは逆に、僕が彼を連れていく。


「お願いです。貴方は知っているんでしょう?僕の夢の人が誰なのか。」
「それは…。」
「少し、言葉を聞けたんです。触れることが出来たんです。
そしたら、胸が苦しくて切なくて、辛くて辛くて…。
…でも、何故か…とても、とても彼が愛おしい気がした。」
「…誰なのかは、まだ分からないのか。」
もどかしさで死にそうだ。
君を思うだけで、涙が込み上げているのに。
「……解りづらい話しになる。」
観念か決意か、重いため息まじりで彼は言った。
「しかも、お前にとっては辛い事実になる。
それでも聞きたいか?」
…僕は黙って頷いた。

「俺の夢に出てくるのは、俺にとって最も因縁深い相手…宿命の相手、勇者リンクだ。」
「え…。」
「しかし今のリンクではない。以前の世界のリンクだ。」
どういう意味だ。
『以前の世界』…とは。
「『リンク』という名前は、時、空間、世界をも越えて受け継がれる『緑衣の勇者』の名前。
リンクは一人ではないのだ。
『この世界』の『前の世界』にいた勇者リンクが、俺の夢に出てくるやつだ。
俺は勇者と違い、俺はただ一人だ。
だから前の世界のリンクの事も知っている。」
『前の世界』…今はいないその人物がこの人夢の君なのか。
「俺はそのリンクとの因縁が強すぎた。新しく生まれたリンクと奴を重ねて見てしまうのだ。
それをあの両手に悟られた。」
「マスターハンドとクレイジーハンド…?」
「そうだ。あいつらにとって、俺達はフィギュア。この世界の統括者としては、そのままではまずかったのだろう。俺にも修正が入った。」
「修正…?」
なんだ、それは。
「この世界に相応しくあるために。
俺自身の事がだいぶ変えられた。」
「貴方は何故そんな事を覚えているのですか?
変えられる、なんて事が可能なら、普通に考えてそんな記憶は消されてしまうはず。」
「それは…俺よりも程度の酷い奴がいたおかげかもしれん。」

そいつはある者に酷くご執心で
はたから見てもその二人がそれなりの関係なのが分かるほどだった。

しかし、そいつらの片方が、この世界に来ることが出来なくなった。
そいつはマスターハンドとクレイジーハンドに抗議し続けた。
なんとかして、そいつも連れて新しい世界へ行こうとした。

だが、それはとうとう叶わなかった。
左手が、その片方を消去した。
右手の指示の元でな。


「そいつは狂ってしまった。」

そいつが消えた日から泣き続け、新しいこの世界に来ても、まるで戦士として機能しなかった。
自分自身の定義すらも覆すほど、そいつは消されたその者に依存していた。


「そして右手が、そいつを作り変えた。この世界に戦士としている事に、問題が生じないように。」


多くを壊し、多くを作り変えた。



「それが・・・             お前だ、マルス。」




まさか・・・。

「僕は何も覚えていないのに・・・。」
「全てを消されたのだからな。」

「・・・・・・・・僕の夢に出てくる彼は・・・」
「きっと、そいつだ。お前の・・・『大切だった者』。」







君が、そうなのか?


僕は何一つ。何一つ覚えていないのに。


「名前は」
「いえ。」
このままでは、終われない。
「名前は・・・。彼の名前は、自分自身の力で。」
「・・・・そうか。好きにするがいい。」

何かが引っかかり続けている。僕の中で何かが欠けている。
そうだったんだ。君がそうだったんだ!

「次、夢で逢えたら、今度こそ彼の名前を呼びます。」
「・・・・あまり時間はない。」
彼は立ち上がりながら言った。
「俺にはもうあいつの姿は見えない。」
「それは一体・・・。」
「『修正』が入りつつあるのだ。この俺にも。今更、以前のような大掛かりなものは出来ないのだろう。
しかし徐々には、薄れている。確実に。お前の不調にもあいつらは気がついている事だろう。」

悲しい記憶を、時間が包み込み、甘く癒してくれる。
忘却という露を傷口にしみこませていくように。


「次にはもう二度と、逢えないと思え。」


そう言って、彼は去って行った。
次に会う時、彼自身ももう変わってしまっているのだろうか。


忘れる事が、こんなに恐ろしいなんて、残酷だなんて、知らなかった・・・。

陽が沈み、月が出て、夜に代わる。
今夜、君に逢えたら・・・僕は・・・。




散々に見飽きた空間に俺はいた。
うんざりして、目頭を押さえる。
「よう。」
声がして、そちらを見た。そこには光の塊しかない。もう、そいつのどこがどの部分なのか分からない。
「もう最期だな。」
「何故、そう思う?」
「お前には、もう俺が見えていない。」
言い当てられるのは癪だが、その通りだ。憎たらしい事この上ない勇者の顔を見なくて済み、心から清々している。

今夜になって、何の障害も、問題もなく、会話が通った。
これで最期だ。そう確信するには十分だった。

「一言、言ってやらねばと思っていた。」
「何だ?」

今まで腹に溜め込み、言ってやりたくて仕方なかった言葉をようやく言える。


「貴様はこの俺の手で葬る。」

永遠の宿敵。
たとえどんなに姿が変わっても。世界や時を経ても。

「いいぜ。俺は必ず、お前の野望を止めてみせる。」

次に逢う時、違う俺でも、それは変わらない。

吸い込まれていく意識と、遠ざかっていく景色を見送りながら思った。




止められるなら、止めて見せろ。マスターソードを継ぎし者よ。



夢で逢えたら。

君に話したい事があった。聞きたい事があった。
君に聞こえなくても、伝わらなくても。
なくした君という人への想いが、蘇りつつある。それが第一に、僕を支配していた。

第二に、不安。
次に君にあえたとき、僕は君の名を呼べるのだろうか。こうしている今だって、君の名前は検討もつかない。
君への想い。感情はこんなにもすぐに溢れ返ってきたのに、
君の記憶…僕の知るはずの記憶はまったく戻らない。
これが現実…。僕が大きく作り替えられたという話しだって、なんの確証もない。
ただ知る人から話を聞いただけ。これこそ、全てが作り話だったという線も捨て切れないのだ。
僕の不安を知るように、君はぱったりと夢に現れなくなった。その事に内心、安心している僕がいる。
少しでも時間がほしい。朝起きて、君の事を覚えている事を確認すると、どっと疲れが出るように安心する。
良かった。まだ、忘れていない。もう、忘れることなんか出来ない。
しかし乱闘のほうは相変わらずの不調で、とうとう休止することになってしまった。
その事にも、内心安心している。今はあの場を離れていたい。あの両手の監視、支配下にあるあの場所から少しでも離れていたい気分だった。
…もっとも、この世界にいる以上、それはどこででも変わらないのだが。

「マルス王子」
あぁ、また君か。リンクがすぐ傍に立っていた。蒼い目がこちらを見ている。
「…やぁ、君も世話焼きだね。そんなに僕が気になるかい?」
またしどろもどろしながらも、何とかしようとしてくるのだろうと思ったが、違っていた。
「…?なんの話ですか?」
「え…。」
さっと血の気が引いた。心臓を鷲掴みされたように胸が苦しくなる。
「何の事かは分かりませんが、マスターハンドが王子を御呼びです。俺はその事を伝えにきただけですよ。」
マスターハンドが…!?
「ま、待って!!君は本当に何も覚えてないの!?あの時の事も、ガノンドロフさんの事だって…。」
思わず彼の肩につかみ掛かる。彼は目を丸くして硬直していたが、ガノンドロフの名を聞いて顔色を変えた。
「ガノンドロフ…ですか?まさかあいつに何か…言ってください。俺が代わりに言ってやりますから!」
「違う…そうじゃないんだ。」
「遠慮せずに!俺があいつを懲らしめないと、誰が懲らしめるんですか!」
忘れている…?違う『知らないんだ』。彼は記憶を作り替えられている。
こんなことが…まさか本当に…。
「悪いけど、今はいけない。伝えてくれて有難う。世話を掛けたね。」
「?ダメですよ、いかないと。俺、絶対に連れて来てって言われてるんです。来てもらわないと困ります。」
ぐっと腕を掴まれた。嫌な汗が背中を伝った。やはりマスターハンドは僕を…。
「と、とにかく、ダメなんだ!ごめん!!」
腕を強引に振り払い駆け出した。後ろで彼が叫んでいるのが聞こえた。
今行けば、消される。
せっかく思い出してきているかもしれないのに。それはもう、言葉では言い表せられない恐怖だった。
自分の存在定義を根底から覆されるような感覚。
今まで信じていた自分自身というものが、全て他人の手によって作られたものであるような気がして来る。
しかし、それはある意味正しい。自分の回りの人間、環境があってこその自分自身なのだ。
けれどこれはその域を逸脱している。まさに神の手のごとく作り替えられてしまうのだから。
それよりも、何よりも嫌だった。僕は僕によって、僕でありたかった。
そんなとめどない思考に捕われていたせいだろうか、足元がおろそかになり、転んだ。
しかし、痛みも、床との衝突による衝撃もこなかった。
捕らえられたと気がつくのに、さしたる時間はかからなかった。

いやだ…!


それでも僕はじわりと体に染みていく闇に飲まれていった。






気が付くと、そこは真っ暗な部屋だった。
いや、暗すぎて、ここが部屋なのか・・・それどころか、今自分は目を開けているのか、目覚めているのかすら怪しくなるほどの闇の中だった。

「あの頃の貴方のようですね。」

ぼんやりと、白い服の人が浮かび出た。
いつもと違う、人の姿になったマスターハンドだった。
それを見て、ようやく自分の目は働いていることを確信できた。

「いえ、あの頃の貴方は壊れてしまっていたからまだ良かった。
 『動く』力をなくした貴方を更に壊すのは簡単でした。そこから作り直すのには、骨をおりましたが。」

「やはり・・・今までの話は真実・・・!?クレイジーハンドが僕を壊し、マスターハンド、貴方が僕を作り変えた・・・!?」

「貴方の知っての通り、我々は『創造の右手』と『破壊の左手』、その立場にいるもの。
 この世界を統治し、運営、ひいては存続を支障なく運ぶ監視者。
 しかしこれも、我々すらも、はるかに次元の違う者達からそう定義づけられ創造された『キャラクター』に過ぎない。

    貴方も、私も、あのタブーさえも

                            そして 彼も。」

失われていたはずの記憶がフラッシュバックする。
左手につかまれた彼が、僕の目の前で握りつぶされた。
彼はなんの抵抗もしなかった。出来なかったんだ。
彼の体は陶器の彫像のようにもろく崩れ地に落ちた。
体中の血が凍ったように冷たくなり、声も出せず、息すらままならない。
目をそらすことが出来ない。首が石のように固まっていた。



その後どうしたのかは覚えていない。
それから僕は壊れたのだろう。


また右手の前に引き出された時
何を言われたのかは覚えている・・・今、思い出した。




さぁ、目を閉じて
生まれ変わりなさい

貴方はこの世界を去ることは出来ないのです






瞬間、駆け出していた。
足は確かに地面を踏みしめ、全力で相手を剣で突き刺した。
言葉に出来ない憎しみと悲しみと、悔しさの全て込めていた。
その心臓に向けて。

なのに

「どう・・して・・・。」

切っ先が彼の服の表面に当たっただけで止まった。


ここでゲームマスターに敵うものはいません
ゲームマスター以外の力は無効化される

ここに召喚されたときから
貴方は我々に対して完全なる無力

あの時と同じですよ



「う・・うわあアあァぁぁあぁァアアあ!!!!」

違う、違う、違う、違う、違う、こんなの、認めない!
どうして!どうして!あの時と、同じだ、なん、て
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
どうして、こんなにこんなに斬っているのに
違う、これは違う!僕の力は、こんな奴に敵わないなんて

まだだ、まだだ、まだ諦めない!
僕は、約束、したんだ
絶対に、負けない、負けないって君と、一緒に
ずっと、何が あ っても

「ロイ!!!」

ロイ・・・そう、それが彼の名前
 思い出せたんですね

 思い出してしまったんですね



背中から何か追突された。
目視する時にはすでに五指が体を締め付けていた。

「ッ・・・!」

や  られた・・・!


貴方の泣き顔を見るのは三度目ですね
一度目は前の世界で、最初のクリスマスの日の事
二度目は、ロイを消去した時
三度目は、今この時
貴方の泪は全て彼の為に流されている
私の知る限りでは



眼前が右手に覆われて全てが真っ白になる。

あぁ

この感覚

知っているはずもないのに思い出した

これがきっと

けされる     
死ぬ 瞬間




これだけは伝えておきましょう


あのときロイは


他のもの達同様
自ら消される事を承諾してくれました



自分は貴方と共に、この世界に生き続けるからと言って





空のように、澄んだ青い瞳をしていた

燃える炎のような、鮮やかな焔色の髪だった

暖かく包むような、優しい声だった


僕と同じ、何千、何万の人の命を預かった者だった


炎の紋章の名の元

戦に身をおき、多くの犠牲を払い、勝利を切り開く

その宿命に生まれた子だった


まだたった15歳なのに
どんなに辛くても必死に背筋を伸ばして
どんなに悲しくても真っ直ぐに前を見て


まるで、昔の自分を見ているようで

あの頃、どんなに辛かったか

思い出すようで

純粋を保ち続けている彼を

曇らせないように、壊さないように

大切にしたかった



でも彼は強かったんだ

僕とは違う強さを持っていた

彼を見ては自分のあり方に疑問を持って

綺麗なまま、戦い続ける姿

時には首を絞められたように苦しくて


それでも
彼は

僕を
受けれいれてくれた

好きだと言ってくれた
大好きだと 言ってくれた


そうか
君は

そんなことを言っていたんだね

悲しくて、自分が辛すぎて
聞こえていなかったのか

ごめんね

ロイ



真っ白だった世界の中
目の前に浮かび上がった君の姿は正しくその通りで
僕の顔を見て、あの日と変わらぬ笑顔を見せてくれた



「君の中にも、僕は生き続けているの?」



一瞬、不思議そうな顔をして
また、笑った



「当たり前じゃないか。」





あぁ、君の声
ようやく

君のすがた、見えるよ
君の気持ち、伝わるよ

今なら
あぁ、お願い
もう少しだけ



「ロイ。」


言葉 届かなくなる前に
記憶 全てなくす前に

ロイ

なに、マルス

全て消える前に




愛してるよ



あの頃、何度も言った言葉たちをもう一度
そのひとつ、その一度たりとも
偽りはなかったから




僕も、マルスのこと
愛、してる




少し照れながら言う
その仕草、変わらないね





ずっと、一緒だよ






これから先
どれだけの時と世界を経ても





だいじょうぶ

いつまでも

一緒だよ





もう誰も
僕達を引き離せない








僕の中に君が
君の中に僕が

永遠に生き続けるから








HIDDEN CHARACTER No.02 『マルス』
不具合が確認されている部分を修正しました。
『マルス』の乱闘成績を不具合が確認される前の記録にリセットしました。
『マルス』の不具合による他キャラクターへの影響で確認された不具合を修正しました。
動作確認問題ありません。
『マルス』の凍結を解除し、再起動します。