春の斜陽が暖かな日。俺はあいつがいる部屋へ向かった。
あいつがここに来てから、ろくに出ることがなくなったあの部屋へ。

あいつは縁側に立っていた。陽の光を受け、あいつの赤い着物と白い髪がきらきらと輝いていた。
戦に出なくなったやつの肌はやや白くなり、筋肉もおち、体は細くなっていた。
俺の気配を察すると、視点の合わない目でこちらを見た。少し考えると、ゆっくりと薄い唇を開いた。

「・・・・・殿?」
「huh.とうとう足音で分かるようになったか。」
「某の部屋の前をその様な大きな足音で通るのは、殿だけにございますれば。」

そう言うやつの顔に笑顔はない。苦い気持ちになりながら近付いて、そっと手を取る。

「・・・っ!」
「具合は?」
「か、変わりありませぬ・・・他の方たちも、某に良くしてくださるゆえ・・・。」

かつてあの二槍を振り回し、紅蓮の鬼といわれた戦人の手とは思えぬ、やせ細った手だった。
そこに唇を落とせば、やつは身を強張らせる。こうなってもその性格は変わらなかった。寧ろ余計に敏感になったのかもしれない。

「・・・こっちはてんやわんやだぜ。世の中、めまぐるしく変わりすぎている。俺もこんなことになるとは思ってなかったしな。」
「・・・・・・・・・・。」


あの日から全てが変わった。
武田のおっさんが病に倒れ、代わりに頭になったこいつが、流行り病で目をやられた。
完全な失明には至らなかったものの、全てぼやけて見えるようで最初の頃は壁や手すりにすがらなければ真っ直ぐ歩くのもままならなかった。
武田軍にとって絶体絶命とも言える窮地に織田軍が侵攻を開始するという追い討ちをかけた。
そこに更に秀吉の軍が武田を取り込もうと織田軍と対立。
両軍が小競り合いしてるうちに武田のおっさんが軍神に言っておいた言葉があったとかで、上杉の軍が武田と同盟を結んだ。
戦えなくなったこいつは巡り巡って俺のところに来た。武田のおっさんと一緒に。
上杉んとこは織田や秀吉の軍と戦を繰り返しているし戦えないこいつらがそこにいても邪魔なだけだった。
最初は俺がその二人を預かるといっても頑なに拒み続けていた上杉だったが、
ほとぼりが冷めるまで俺たちは上杉に一切手を出さないという条件を持ちかけしぶしぶに承諾された。
俺たちに利があるわけじゃねえ。訳ありな要人を二人も引き受けることになるんだからな。
だが俺には利がある。ずっと欲しかった幸村が俺の元に来た。
目が見えなくなっても、俺を熱くさせたあいつはもういなくても。
手元に置ければ・・・と思っていた。

命を懸けて生涯仕えると誓った者が病床に伏し、自らも病で槍を置くことになった。
他人に身を寄せ、自由にならない体で何をすることも出来ず生きていくうちに
あいつの髪は真っ白に染まった。

色をなくした目と同じ様に、髪までも白くなった幸村は一気に老け込むのかと思ったが、
俺の目にはそれが何故だか美しいものに見えた。


目が見えないことをいい事に色々と好きにさせてもらった。
着物は女物。姫が着る真っ赤な着物にした。
やたら重く、動きづらいでござるなどとぼやいていたが、それでも大人しく着ている。
幸村を傍にはべらせ、そいつのその姿を酒の肴にしたりもした。
あの頃の熱と鮮烈さに少しでもすがろうと言う俺の想いのあらわれである真紅の着物。
自分の女々しさに内心、自嘲する。

「ま、アンタはなんも心配するこたぁねぇよ。」

そっと白い髪を撫でる。
ビクリと一瞬身を竦めたが、それ以上は大人しくされるがままだった。

この態度、いやに引っ掛かる。


「・・・・アンタ、どうしたんだ。」
「・・・・?」
「何で逃げねぇ?何で嫌がらねぇ?アンタ、今自分がどういう事になってるか分かってんのか?」
「・・・・・・・・・。」

うつむいたまま、何も言わず黙り込んでいる所を見て溜めに溜めた不満が喉を突いて出た。

「・・・・なんだよ教えてやろうか?てめぇが着てんのはお」
「知っておりまする。おなごの着物でござりましょう。」

わかってやがる!?
なら何故怒りもしないで大人しくしてやがんだコイツは!

不満は不安。
こいつは何を思っている・・・・!

「小十郎にでも言われたのか?俺の前ではしおらしく女みてぇにしとけと。したら俺が気を良くしてお前に良くすると。
 俺の事を名前で呼ばなくなったのもその所為か?政宗殿じゃあ姫らしくねぇか?」
「違い・・・まする。そんなことでは・・・。」
「じゃあ何でだ!言ってみろ!」

白い目が泳いで、順繰り考えながらたどたどしく答えた。
「殿が・・・されることには・・・・間違いはございませぬ・・・。」

その言葉で完全にキレた。


「ふざけんな!!」
胸倉つかんで部屋の中にぶん投げると音を立てて畳みの上に転んだ。
着付けがくずれて白い足が覗いている。
後ろでに障子を閉めると、部屋が一気に暗くなった。
見えない目が余計に見えなくなり、幸村の顔に怯えの色が伺えた。
「俺は!アンタがそんなんになっちまっても・・・ッ!変わらないと・・・何も変わらないと思ってた・・・!!」
急に弱って、俺の挑発に乗ってきもしねぇで。俺が体を触れば、破廉恥でござる!とか言ってぶん殴ってくるだろうと思っていたのに。
「俺が今までアンタに手を出さなかったのは気性だけでも元のアンタをこの手で抱きたかったからだ!!
 萎縮して弱りきったアンタを抱いたって面白くもなんともねぇんだよ!!!」
怒鳴り散らして上に跨れば、喉の奥から短く悲鳴を上げて俺を見上げている。
この暗がりにこいつ目では恐らく殆ど見えていないだろう。がたがたと震えながら自分の着物を掴み必死に堪えていた。
「どうしちまったんだ・・・もうあの幸村には戻ってくんねぇのか・・・。俺にとっての真田幸村は・・・。」
「それ・・でも・・・某には・・・・・・・・。」
幸村の白い目から泪がこぼれ、頬にいくつもの線を引いて消えていった。
嗚咽を押し殺し唇をかみ締めて。


「某には・・・・こうするより他に・・・・・・出来る事が見当たらないのです・・・・・!!」


組み敷いた体を覆う赤い着物と、そこから覗く白い肢体。畳に散る雪のような髪。
俺はもう限界だった。