やきもち
                     りーん  りーん
                    月と、星明りに照らされた原っぱに虫の声が響く。
                    「随分涼しくなったねー」
                    ロイが隣に居るマルスに話し掛ける。その赤い前髪を夜風が揺らす。
                    「昼間はあんなに暑いのにさ、嘘みたい」
                    「もう秋だからね」
                    そんなことを話しながら、原っぱに囲まれた小道を二人は並んで歩いていた。
                    久々に晴れた、初秋の夜。
                    「散歩にでも行かない?」と誘ったのはロイだった。
                    「こんなに綺麗な夜なのに、部屋の中にいるなんて勿体無い」のだそうだ。
                    昼間、あれだけ大乱闘で体を動かしたのに、まだ足りないらしい。
                    楽しそうにロイは夜の道を歩く。
                    (犬みたいだな)
                    歩くロイの姿を見ていて、マルスはそう思った。
                    「何笑ってるの?マルス」
                    マルスの顔を見て、ロイが尋ねた。
                    「別に。何でもないよ」
                    「嘘。何々?何考えてたの」
                    「多分言ったら怒るよ、ロイ」
                    「怒らないよ」
                    「ほんとに?」
                    「うん」
                    暫しの沈黙の後。
                    「犬に似てるなぁ、て思ったの」
                    「?何が?」
                    「ロイが」
                    そう言われた途端「何だよそれー!」という怒ったようなロイの声が辺りに響いた。
                    「怒らないって言ったのに」
                    「まさか犬みたいなんて言われるなんて思ってなかったの!」
                    そう言ってロイは頬を膨らませた。
                    ころころと変わるその表情。
                    「やっぱり似てる」
                    「似てないよ!」
                    ぷいっ、とロイはそっぽを向いた。
                    「………ローイ」
                    「………何?」
                    「……謝るから、機嫌、直して」
                    「ヤダ」
                    「じゃ、これで機嫌直して」
                    素早くロイの正面にマルスは回り込むと、触れる様なキスをその唇にした。ほんの一瞬で、唇は離れた。
                    「!何して……!」
                    「お詫びのしるし」
                    顔を真っ赤にしたロイに、マルスは微笑って言った。
                    「……こーゆーのって謝るんじゃなくて、うやむやにするって言うんだよ」
                    「だってこんな綺麗な夜にロイの機嫌の悪い顔なんて合わないよ」
                    マルスの蒼い瞳に見つめられて、ロイは何も言えなくなる。
                    「散歩の続き、しよう」
                    「……うん」
                    いつの間にか立ち止まっていた二人はまた、歩き出した。
                    今度は二人、手を繋いで。



                    暫く夜風に吹かれて、手を繋ぎながら歩いているとポツリとロイが言った。
                    「何かこうしてると、思い出すな」
                    何か暖かいものを思い出すようなロイの優しい表情に思わず見惚れながらもマルスが聞く。
                    「何を思い出すの?」
                    「昔のこと」
                    「昔のこと?」
                    「うん」
                    微笑って、ロイは言う。
                    「まだ小さかった頃、よくこうやって手を繋いで散歩したんだ」
                    楽しそうに昔を思い浮かべながら、ロイは続けた。
                    「いろんなところ、ウォルトと一緒に散歩したんだ」
                    その言葉を聞いた途端、マルスの歩みが止まった。
                    手を繋いでいたロイの歩みもつられて止まってしまう。
                    「マルス、どうしたの?」
                    何も言わずに動きを止めてそのままのマルスに、ロイが不安になって尋ねる。
                    すると突然、マルスがロイに唇を重ねてきた。
                    「ちょっ……と、マル………ス…んっ」
                    先程のキスとは違い、舌を絡める深いキス。
                    「やっ………んん………っ」
                    酸欠になるくらいの、長いキスがようやく終わった。二人の唇の間に透明な糸が伝う。
                    「はぁっ………ちょっとマルスっ………わっ」
                    ロイがいきなりの行為に抗議を言うとしたところ、今度は草むらに押し倒された。
                    マルスがその上に覆い被さる。
                    「やだっ……マルスっ……あぁっ」
                    首筋に口づけされ、ロイは思わず甲高い声を上げる。
                    「何でっ……やだっ、こんなとこでっ………」
                    「ウォルトとは流石にこんなことしてないだろ、ロイ」
                    ようやく唇を離して、ロイと面と向かってマルスが口を開いた。
                    「な…何言って……っ」
                    「僕と二人きりの状況で、他のヤツの事なんて言わないでよ」
                    マルスのその言葉に、ロイが唖然とする。
                    「もしかして………マルス、ウォルトにやきもち妬いたの……?」
                    「………」
                    沈黙が意味するのはマルスが「そうだ」と認めた事。
                    「大丈夫だよ、マルス。確かにウォルトは大切な人で、大好きだけど………」
                    ロイのその言葉に、マルスが珍しくムッとした表情になる。
                    「でも………僕が『愛してる』って言葉を言うのは、マルスだけだから」
                    ぎゅっ、とマルスの首に腕を回して、ロイがそう囁いた。
                    「本当に?」
                    「本当だよ、もちろん。マルスは僕の事、信じられない?」
                    「……いいや」
                    マルスもロイを抱き締める。
                    「信じるよ、ロイの事」
                    視線が至近距離で重ねて、二人は微笑った。

                    「………で、退いてくれると凄くありがたいんだけど?マルス」
                    相変わらず草むらの中に押し倒されたままのロイが呟く。
                    「そんな勿体無いこと、僕がすると思う?ロイ」
                    少し意地の悪い笑みを浮かべてマルスが言う。
                    「やっ、やだよっ!僕、こんなとこで……その、する、なんて」
                    「あれ?外に誘ったのは君だよ」
                    からかうようなマルスの言葉に、ロイの顔が真っ赤に染まる。
                    「なっ………そういう意味で誘ったんじゃ……あぁっ」
                     マルスの手が、ロイの上着の中へ忍び込む。
                    「僕にやきもち妬かせた、君が悪いんだよ」
                    そう呟いて、マルスは再びロイの首筋へ顔を埋めた。



                    マルスとロイの二人が真夜中に寮へ帰ってくるまで何をしていたのかを知っているのは、綺麗な夜空に浮かんでいた月と星達だけ。



                    終わり



                    言い訳
                    すみません。最後逃げました。内容も文も相変わらずで……。
                    一度マルスにウォルトに対してやきもちを妬かせてみたかったのです。
                    こんなものがお誕生日祝いですみません…。